リストマーク キャンプ・ドレイク跡地(2003年08月)

写真1.キャンプ・ドレイク構内に残る廃構造物


 東京近郊には旧米軍基地関連の廃墟が多く残っているが、このキャンプ・ドレイクもその一つ。地図にも記載されている有名なスポットである。場所は東武東上線朝霞駅の近く、朝霞中央公民館に隣接する地域になる。敷地は南北に細長い長方形で、四方にフェンスを巡らしており中に入ることはできない。敷地内の建築物は、既にほとんどが撤去されたようで、外側から見る限り雑木林以外は何も見えない。ただ、所々に当時の交通標識や電柱が残されている。

 このキャンプドレイク基地跡であるが、朝霞市の歴史を記したページを見ると、その発祥は第二次世界大戦頃に遡る。大戦中、朝霞市にあった東洋最大のゴルフ場が陸軍の予科士官学校となる。これに伴い、軍の衣料品を調達する施設、いわゆる「被服廠(ひふくしょう)」が設立された。その後、第二次大戦後に米軍が進駐し、この被服廠跡地を「キャンプ・ドレイク」基地として使用したのだそうだ。現在では米軍施設は撤去され、キャンプ跡地は返還されている。

 同じ米軍基地跡とはいえ、キャンプ・ドレイク跡地には、関東村跡や府中基地跡のように、当時の建築物は残っていない。ただ、構内には、他の基地でも見受けられたものと同型の消火栓が残っている。構内北側には、ジャングルのような茂みの中に建物の跡らしいものが見受けられた。しかし、取材時は夏の盛りであり、木々が多すぎて外観を確認することは出来なかった。

 構内南西端には工事標識が立てかけてあり、「朝霞第一中学校改築用地のために利用する」旨の記載があった。土地の返還に伴い、近々にここも再開発されるのであろう。敷地東側のメインエントランス周辺には、いい具合に荒れた道路が残されていた。

Mapion上での位置は、下記の通り。
http://www.mapion.co.jp/c/f?grp=all&uc=1&scl=25000 &el=139%2F35%2F47.968&pnf=1&size=500%2C500&nl=35%2F47%2F24.078

写真2.キャンプ・ドレイク構内に残る廃構造物のアップ
撮影を行ったのは8月で、夏草が生い茂っている時期であり、建物の構造は良く把握できなかったが、排気塔のようなものが見受けられた。敷地内の建造物はほとんどが撤去されている模様だが、この部分にはなんらかの建物が残っているものと思われる。


写真3.キャンプ・ドレイク敷地西側道路
キャンプ・ドレイク敷地西側を通る道路。向かって左側がキャンプ・ドレイク敷地。右側が朝霞西高校等がある部分である。


写真4.キャンプ・ドレイク敷地西側敷地内部
所々に広い道路が通る敷地内部。驚いたことに、撮影当日、この敷地内を走る車を目撃した。関係者だと思われるが、何をしているのかは不明。道路上にゴミ等が堆積していないところを見ると、今でも時々使用されているものと思われる。


写真5.構内に残る交通標識 #1
敷地内にはあまり当時の残存物を見ることはできないが、交通標識は所々見受けられた。これはそのうちの一つ。現在は雑草生い茂る荒れた茂みになっているが、その昔、ここら辺は駐車場だったのだろう。


写真6.キャンプ・ドレイク構内の消火栓跡
米軍基地に良くみられる共通した消火栓の跡。この消火栓と同タイプのものは、「関東村跡地」にも残っていた。


写真7.キャンプ・ドレイク構内の標識
敷地内に残る標識の跡。行き先表示板と思われるが、錆が一面に吹いており、何が書かれていたのかは確認できなかった。この標識には、チカン防止の看板が架かっていた。「あやしい男を見たらすぐ110番」とのことであるが、昼日中からこのような荒れ地を撮影している我々取材班も、考えてみれば立派な「怪しい男」であり、通報されてもしょうがないような気もしてきた。


写真8.蔦が絡まった電柱
かつての電柱の跡。蔦がからまりまくっており、ある種芸術作品のような格好になっていた。電線はまだ残っている。


写真9.鉄廃材
地面などに良く置かれている鉄廃材が、フェンスに立てかけて置かれていた。


写真10.構内南西の入り口に掛かる工事標識
キャンプ・ドレイク跡地も、朝霞第一中学校改築用地のために利用される模様だ。敷地南西の入り口には工事標識が掲載されていた。


写真11.キャンプ・ドレイク構内南側広場
かなり広い場所とゲートが設けられていた南側広場。駐車場の跡と思われる。右側には速度制限標識も残る。


写真12.構内に残る交通標識 #2
敷地南の道路に残る「止まれ」の標識。STOPの文字も併記されている。


写真13.キャンプ・ドレイク構内東側入り口(メインエントランス跡)
現在の正面入り口付近の道路。朝霞中央公民館の交差点から、キャンプドレイク敷地方面を望んだところ。両側は鬱蒼とした森林である。


写真14.正面入り口内部
正面入り口ゲートから敷地内部を望む。バラックの小屋が1つと、真っ直ぐに延びる道路が見えるだけ。木々が生え放題で、あとは何も見えない。


写真15.構内道路 #1
正面入り口ゲートの右側、北側に延びる道路。この状態から察するに、ほとんど使用された形跡が無い。中央車線がある2車線道路だが、右側車線は半分枯れ木や泥で浸食されている。


写真16.構内道路 #2
正面入り口ゲートの左側、南側に延びる道路。北側道路と同じく、片側車線の半分は泥や枯れ木で埋まっている。北側道路と比較して、若干は利用されている形跡がある。


写真17.構内道路入り口のフェンス
北側へ延びる道路も、このようにフェンスで厳重に仕切られており、入ることはできない。


写真18.構内道路 #3(南側より望む)
敷地の南側から望んだ構内道路。写真16に掲載した道路の行き着く果てがこことなる。1.5車線分の幅しか無いものの、現在でも使用されている形跡が残る。



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