ロベルト・ボラーニョ著「2666」の表紙。

■2666 (2014/01/10)

 ロベルト・ボラーニョの長編小説、「2666」を読了する。読み始めたのが、昨年12月16日だったので、読了するまで、約1ケ月を要したことになる。

 手術が終わって退院した後、昨年12月07日より開始した抗がん剤治療には、ほとほと参っている。抗がん剤は副作用が強いというのが一般的なイメージだが、その通りだった。それでもまだ、従来の点滴つなぎっぱなしという治療と比較すれば、今行っている療法は格段に楽になっていると言えるのだそうだ・・・しかし、この治療は長期に渡る。3週間1クールの治療を、8クール行わなくてはならないのだ!

 長期治療期間に入ったので、これを機会に、通常であれば時間的に読むことが難しい作品にトライしてみることにした。選んだのが、ロベルト・ボラーニョの文学作品である「2666」である。

 この作品は、例によって新聞の書評で間接的に知った。ボラーニョは南米チリ出身の作家で、この作品を遺作として、2003年に満50歳で没している。書評では、白水社がボラーニョ選集の出版を開始したことが掲載されていた。その中で、ボラーニョの遺作にして最高傑作であると評されていたのが、この作品である。

 最近、現代量子物理学や宇宙論関係の書籍にも食傷気味だったこともあり、今回読む本は少し趣向を変えてみたかった。根っからの理系で、文学作品にはあまり詳しくない私は、当然ボラーニョという作家を知らなかった。ラテンアメリカ文学では、ボルヘス程度しか読んだことが無い。ちょうど良い機会である。

 ところで、本作品は1ページ2段組みで、総計855ページもある。通常の単行本のように、1ページ1段のレイアウトにすれば、ページ数は1.5倍以上にはなるだろう。ハードカバーの表紙部分も含め、その厚さは5cmという、まさに辞典のような本なのだ。今まで読んだ単行本で、一冊の書籍としては、文句無しに最大級である。このような大作は、当然まとまった時間が取れないと、とてもじゃないが読み切れない。

 本書の内容については、既にレビューがいくつもあがっているので、割愛する。これから読んでみようと思われる奇特な方は、レビュー等を参考にせず、真っ白な状態で読み始めることを、強くお勧めする。脳内に妙な先入観が出来てしまうと、作品の面白さが半減してしまうからだ。

 これだけの大著であるにも関わらず、読後の感想は「もう少し長くても良かったのではないか」というものだった。作品自体が面白いと、このように感じることが多い。そう、本書は良作だったのだ。面白かったのだ。毎日少しずつでもページを繰らないと落ち着けないような、麻薬的な魅力があったのだ。

 本来であれば、5冊に分けて出版される予定であった本書を、敢えて1冊の本で提供した意図も良くわかった。一例を挙げれば、読書開始後、最初のページで貼られた伏線が、最終部の701ページで回収される、といった具合である。この作品全体には、縦横に伏線が貼られており、それらが最終部でまとめ上げられて回収される。また、ラテンアメリカ文学で良く見られる、入れ子構造の複雑な物語構成も、特徴の一つだ。

 最後に。本書の内容は極めてクセが強いので、合わないヒトには合わないだろう。できれば、リアルな書店で最初の数ページとあとがきを立ち読みして、面白そうだと思ったら購入するのが良い。私にとっては、これだけ楽しめて、税込み6,980円は、とても安く感じた。なお、リアルな書店で購入した場合は、持って帰るだけで一苦労するので、Amazonで注文するのが無難である。。。


ロベルト・ボラーニョ著「2666」の裏表紙。

「2666」のカバーが良く描けているのでスキャンしてみた。
Jules deBalincourt
"Neither Day or Night"
2011,oil on panel,243.8 x 335.3 x 6.4cm
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「2666」の1ページ目。2段組みで活字もかなり細かい。これが855ページ続く。
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一般的な単行本と、厚さを比較してみた。アンナ・カヴァンの「アサイラム・ピース」も、かなりビョーキな本である。こちらは216ページ。「アサイラム・ピース」については、また別の機会に。

こうして比較すると、2666の辞典のような厚さがお判り頂けると思う。




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