「天才と分裂病の進化論」(新潮社刊:2002年初版)


■天才と分裂病の進化論 (2009/08/05)

 本書は、ネット上のとあるブログで紹介されているのを見て、面白そうだったので速効でアマゾンから購入した。筆者はこの手の分野にはあまり詳しくは無いが、内容が非常に面白く共感できたため紹介しておく。著者のディヴィッド・ホロビンは、英国分裂病協会医療顧問を務める識者である。従って、トンデモ本の類などでは決して無い。しかし、本書で展開されている内容は、極めて斬新な考え方であり、近年読んだ中では出色の出来と言えよう。

 分裂病は現在、統合失調症という名称に変わっているが、ここでは敢えて分裂病と称している。筆者のユニークな考え方は、人類(ホモ・サピエンス)とチンパンジーとが共通の祖先から分岐した後、人類がこれだけの想像力と創作力豊かな文明を持つに至ったのは、実はホモ・サピエンスのDNAに分裂病を発症させる遺伝子の突然変異があったからだ、というところにある。ネアンデルタール人やホモ・エレクトゥスが100万年単位での単調な生活を継続してきたのに比較して、ホモ・サピエンスは歴史に登場してから驚異的なスピードで進化した。もし、ホモ・サピエンスに分裂病を引き起こす遺伝子の突然変異が無かったならば、今頃まだネアンデルタール人並の生活を送っていたかもしれない、というワケだ。

 本書はかなり突飛な考えであるため、書評等を見ると評価は真っ二つに分かれている。従来型の「脳内伝達物質の変異」を基本とする考えの方を持つ人からは、本書の内容は全くもって意味をなさないと全否定モードを取る。しかし、本書を読んでみると、可能性として十分考えられるし、根拠もきちんとした論理的説明が成されており、これはこれで十分あり得るのではないかと、筆者は深く同感した次第だ。

 詳細は内容を読んで各人考えてみてほしい。判りやすいが、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸等、複雑な名称の脂肪酸名がガンガン出てくるので、多少は読みにくいかもしれない。分裂病を引き起こす可能性がある遺伝子は、2個〜4個程度。これら遺伝子を一部あるいは全て持っており、なおかつ必須脂肪酸の供給が十分であれば、その人は人生において非常に創造的な活躍をする。いわゆる「天才」という方々だ。一方、必須脂肪酸が十分に供給されない場合、「分裂病」として悲劇的な人生を送る。天才とナントカは紙一重というのは、まさに言い得て妙というワケだ。

 なお、本書の著者は、自分の考えが、現状広く一般的に理解されているものとは異なるため、研究費の予算も付かず、学会でも満足に取り扱ってくれない状況を嘆いている。これは、以前読みあさった現代物理学と同じ状況だ。ひとたびデファクトの考え方が確立されると、それ以外の可能性を人はなかなか受け入れない。現代物理学では、超ひも理論をやっていれば予算が付くし、それなりに取り上げてくれるが、それ以外の考え方は、「異端」で片付けられてしまっている。どの分野も似たようなものだと、悲しくなる。

 マニアックではあるが、久々に良書を読んだ気がした。


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