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■TIGER Model 1213E 本電卓のメーカーは、あの手回し計算機で有名な「タイガー」である。浅学な 筆者は、手回し計算機で名を馳せたタイガー計算機が、このような電子式の卓 上計算機、すなわち「電卓」を発売していたことを知らなかった。。。。 1923年、大本寅次郎氏は機械式の手回し計算機を発明、それを「虎印計算 機」と命名した。その後、大本鉄工所は「タイガー計算機製作所」と改称され 計算機のブランド名称も「タイガー計算機」となる。この手回し計算機は19 68年に年間4万台を出荷しピークを迎えたが、その後の電子式卓上計算機、 いわゆる「電卓」の猛攻に会い、恐るべき短時間に絶滅する。しかし、当時タ イガー計算機も、時代が電子式計算機へ移行していることを十分認知しており こうした電卓を発売したものと思われるが、ノウハウの塊である手回し計算機 と異なり、LSIチップを購入すれば誰でも同じ機能の製品を作ることができ る電卓の世界では、熾烈な価格競争に勝つことができなかったと思われる。 本機がどのような経緯で製造・発売されたかはわからないが、この電卓を見て いると、かつて機械式計算機で圧倒的なシェアを誇ったメーカーが、なんとか 新技術の時代でも生き残ろうとした努力を感じ取ることができる。 なお、本機の正確な製造年は不明であるが、使用されている表示デバイスが7 セグタイプの蛍光表示管であり、蛍光表示管デバイスとしては比較的後期のも のを用いていることから、FIP表示デバイスが流通する前、おそらく197 2〜3年くらいの製品であろうと思われる。
さて、TIGER Model1213Eであるが、機能的には平凡な12桁 電卓である。しかし筐体のカラーリングは相当キレている。ここまで野暮った くてねぼけた色使いの工業製品は、あまり見ることがないであろう。本体上面 はねぼけたうぐいす色でベース部分はグレーという、究極の色使いである。し かも、数字キーはグレーで演算キーはブルーときている。はっきり言って趣味 が悪い。しかし、この配色で本電卓の怪しさが否応も無く強調されているとも いえる。 大きさは幅18cm×奥行き25cm×高さ6.5cmと長方形のプロポーシ ョンである。本体前面には、あの手回し式計算機に付いていたものと全く同じ タイガー計算機のロゴが付く。実際、このロゴが無ければいったいどこの製品 なのか、誰もわからないであろう。それほど、良くわからない製品なのだ。電 源はACのみ。電源コネクタは特殊形状となっているので、専用のケーブルが 無いと使えない。 本体裏面には銘版であるシールが添付されており、「nitsuko」の文字 が見受けられた。思うに日通工のOEMだったのかもしれない。シリアル番号 は317769、消費電力は6Wとなっている。 電源を投入すると、一番最初のパワーオンでは全桁ゼロリセット表示されるま で、なんと30秒以上もかかる。しかし、この時代の初期電卓では珍しい現象 では無いようだ。筆者が所有する「プレシーサ」というブランドの電卓も、起 動時には同様の挙動を示す。なおかつ、プレシーサにはご丁寧にも「電源投入 後すべて表示されるまで1分近く時間がかかることがある」という注意書きま で添付されていたものだ。このTIGER 1213Eは、かなりくたびれて いるようで、12桁の表示の中で輝度が落ちてしまっている桁もある。 表示部分に使用されているデバイスは、いわゆる7セグタイプの蛍光表示管で ある。後期タイプの蛍光表示管には良く見られた型で、表示色はオレンジ色。 一見、一体型FIP管とも見えるが、実は12本のチューブを並べて表示して いる。
TIGER 1213Eの内部構造であるが、部品点数こそ多いものの、かな り整理されており、カッコいい。まず目に付くのが、中央にずらりと並んだ6 個のセラミックパッケージだ。いずれも三菱製カスタムチップで、金メッキが 施されており、当時は高価なデバイスであったと予想される。型番は連番とな っており、MA8149、8150、8151、8152、8153、815 4と捺印されている。その他M58212、M58203、M58239、M 54510といった石が使用されており、全部で7LSI、3ICの構成とな っている。またニキシー管の近傍に配置されたM7040は、ニキシー管表示 用の昇圧モジュールだと思われる。それにしても、使用デバイスは見事なほど 三菱製が用いられている。 蛍光表示管は12本のチューブが並んで配置されており、1桁1本の構成とな っている。蛍光表示管は基板上に直接ハンダ付けされており、12本がまとま って金属フレームに固定されている。蛍光表示管の裏面には、NECの2SA 630トランジスタ群が配置されており、おそらくドライブ用だと思われる。 基板はコストを優先したベークライト。基板表面には13274の捺印があっ たが、製造、設計年を示す表示はどこにも見られない。
キーボードはおそらく磁石によるリレー接点だと思われるが、メカ部が金属で 覆われているため、詳細はわからない。CASIOの電卓のように押した時に 「カチッ」っと言う繊細な音はせず、コクコクとした感じだ。紹介した個体は キー部分に若干へたりがあり、一部キーでチャタリングが発生している。キー ボード部分とロジック基板部分とは、手作りのケーブル束で結線されている。 TIGERというメーカー名で入手してはみたものの、Model 1213 Eは特にどうということの無い平凡な計算機であった。かつて手回し計算機で 名を馳せたメーカーだっただけに、このマシンを見るとその後の凋落ぶりを示 唆しているようで、何となく悲しい感じすら受ける。平凡な計算機だが、どう しても手放すことができない不思議な製品だ。