早川書房発行「量子の海、ディラックの深淵」。

■量子の海 (2014/07/31)

 最近立て続けに量子論・宇宙論の本を読んだ。その中でも、「量子の海、ディラックの深淵」は群を抜いて面白かった。

 この本を知ったのは、NHK出版が2013年05月に発行した「マヨラナ」を読んだことによる。余談だが、なぜNHK出版の本はこんなに高いのだろうか?この「マヨラナ」の価格は、4,000円もする。余りに高いので直ぐには読まず、Amazonのマーケットプレイスで安価な古本が出るまで待っていたくらいだ。で、この「マヨラナ」をなぜ知ったのか?というと、新聞の書評である。

 さてこの「マヨラナ」という本なのだが、イタリアの風変わりな天才物理学者で、32歳で謎の失踪を遂げたエットーレ・マヨラナの生涯について、綿密な取材を行った評伝である。本文中、ディラックの「電子の海」についての記載があり、その註釈で本書の著者は「量子の海、ディラックの深淵」を大いに勧めていたため、今度読んでみようと思っていたのだ。

 「量子の海、ディラックの深淵」の原題は「The Strangest Man」、つまり「超変人」である。その名の通り、ディラックはものすごい無口でものすごい孤独好きでものすごい変人だった。本書は1ページ2段組みで618ページもある大著である。にも関わらず一気に読めてしまうのは、主人公の性格が余りにも「変」であることに依る所が大きい。

 一例を示す。

・ディラックがプレゼンを行ったある会議でのこと。黒板に数式を書いていたディラックに向かって、聴講者の一人が質問をした。「ディラック教授、その黒板の右上の式をあなたがどうやって導いたのかが判りません」。これに対してディラックは無言のままだった。会議の司会者がディラックに回答するよう促すと彼はこう答えた。「いまのは質問ではありません。意見ですから」。

・あるロシア人の同僚からドストエフスキーの「罪と罰」をもらったディラックは、こう感想を述べた。「いい話しだが、ある章で著者は誤りを犯している。そこでは太陽が同じ日に二度昇ったことになっている」。

 とまあ、これはほんの一例で、このような逸話が沢山掲載されているのだ。もちろん、他者に先駈けて反電子(反物質)や磁気単極子を予測した経緯や、今で言うところの弦理論の原型を考えだしたことなども仔細に説明されており、1900年代前半の量子物理学の発展を俯瞰するには良書になっている。物理学における数式美を極限まで追及してきたディラックの評伝にも関わらず、数式は一切出て来ないという敷居の低さもあり、たいへん読みやすい。

 分厚い本なので入院中に読もうと思っていたのだが、面白いから一気読みしてしまったよ。



NHK出版刊「マヨラナ」。著者は物理学者として有名は、ジョアオ・マゲイジョ。以前同じくNHK出版刊行「光速より速い光」の著者でもある。

入院用にとついでに購入しておいた他の本も全部読んじまった。。。これもNHK出版刊「パーフェクト・セオリー」。相対性理論から最新の重力理論までを平易に解説した一冊。前半は相対論ファンであれば既知のことが多いものの、後半の宇宙論は新しい知見を得られる。ディラックの海についての解説も掲載されている。

青土社刊「無の本」。著者は、これまたポピュラー・サイエンティストの作家として有名なジョン・D・バロウ。物理のみならず、数学、心学、哲学の広範囲で、「無」の捉え方を解説した本。前半のゼロの発明については、良くまとめられており面白い。原題宇宙論に欠かせない量子的「真空」についても詳しく説明している。この手の本としては珍しく2刷しているのも、良く読まれている証であろう。これも入院用に購入していたんだけど読んじゃった・・・

青土社刊「広い宇宙で人類が生き残っていないかもしれない物理学の理由」。古今東西のSFで取り上げられた設定が、物理的に見てどうなのか?を大真面目で検証した本。着眼点がユニークだ。但し、カンタンではあるが数式がバンバン出てくるので、基本的に理系でなければ楽しめないだろう。原題は「WIZARDS、ALIENS AND STARSHIP」。どうしてこんなに長い邦題が付くのだろうか?不思議である。因みに、発行が青土社、訳者が松浦俊輔の原題物理学関係書籍の邦題は、このような長いタイプが多い。意図的なものを感じる。これも入院用に購入していた一冊だった。。。


 書籍紹介ついでに、もう一冊。

 青土社刊の「宇宙がわかる17の方程式」は、筆者のお気に入りの本であり、何度も読み返している。現代物理学を少しかじって行くと、数式が出て来ないポピュラーサイエンスでは物足りないと思うことが多々有る。かといって専門書になると、こりゃもう全く歯が立たず、ワケワカランで挫折する。

 本書は、そんな中途半端でアンビバレントな状態に置かれた読者のために書かれた、大変ユニークな一冊だ。複雑怪奇に見える現代物理学の方程式の「形」を愛でる、という方法を採っている。出てくる方程式は、難しくてワケワカランが、その中に含まれている美を堪能するための簡素な解説が大変役に立つ。このような切り口の本は、未だかつて読んだことが無い。一例を挙げよう。


青土社刊「宇宙がわかる17の方程式」。原題は「The Equations」。ニュートンの古典力学から超弦理論まで、厳選した17個の方程式の形を愛でる変わった内容。

著者のサンダー・バイスはオランダの理論物理学者。

本書より、シュレディンガーの方程式(量子力学:上)とディラックの方程式(相対論的電子:下)。

 上に示した2つの式は、上がシュレディンガー方程式、下がディラック方程式だ。

 普通の解説書であれば、ただ単に「シュレディンガーの方程式には特殊相対性理論との整合性が無いという重大な欠点があった。」という一文のみで済ませてしまうのだが、この本はもう一歩踏み込んで解説している。

 曰く

この欠点だが、シュレディンガー方程式には、空間の時間の変数xとtが対等の資格で現れていないという事実からも推測される。つまり、シュレディンガー方程式は時間に関する一階微分を含むが、空間座標に対しては二階微分を含んでいるのである。ディラックの方程式では、この問題を解決している。ディラック方程式の添字のμであるが、これは0、1、2、3の値を取ることができ、時間と三つの空間成分を示す。実際、これら四つの値は等しい資格で現れるのである。

 といった具合に、専門書には及ばないものの、限りなく元方程式の持つ意味を噛みくだいて解説しているのだ。

 今まで数多くの初心者向け物理学書を読んできたが、ここまで突っ込んだ話しを、さらりと記述した手腕には脱帽ものなのである。




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