「帰ってきたヒトラー(原題:彼が帰ってきた)」表紙
河出書房新社刊。
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■彼が帰ってきた(Er ist wieder da) (2014/04/25)

 ある日のこと、久しぶりに現代宇宙論の本でも読もうかと、書店をぶらついていた時のことだ。新刊のテーブルに面白いデザインの上下二巻本が平積みされていた。題名は「帰ってきたヒトラー」。随分と扇情的なタイトルである。帯には「ヒトラーが突如現代に甦った」とある。ははぁ、さては良く有るタイムトラベルモノだなと思ったが、これが全編黒い笑いに包まれた強烈な風刺小説だった。

 従来、ナチもので描かれるヒトラーと言えば、自身の信念に取り憑かれた狂気の怪物として描かれるのがお約束である。しかし、訳者あとがきでも触れているように、本書のヒトラーは極めて人間的で、あえて言えば魅力有る人物として描かれているのが、最大の特徴だ。当然、ヒトラー本人は本物なので、矛盾に満ちて腑抜けになった現代社会に対し、真面目に自身の主張を「演説」する。これがマスメディアやインターネッツ(総統はインターネットのことをインターネッツと呼ぶ)で大受けになってしまい、共感する「党員」はどんどん増えて行くという、アイロニーに満ちた内容だ。

 一番驚いたことは、著者がドイツのニュルンベルグに生まれた人間であること。さらには、ドイツ本国で130万部を売上げ、世界38ケ国で翻訳されているという事実であろう。オマケにお約束の映画化まで決定している。発想の逆転、企画の勝利といったところか?

 軽い文体なので、一気に読めた。但し、深読みすると、かなり強烈な皮肉が至るところに含まれている。展開も妙にリアルで、ヒトラー本人が現代社会の情報インフラを手に入れたら、いかにもやりそうなことが繰りひろげられる。確かに、本書に登場するヒトラーは、ステレオタイプの悪人では無く、常に物事を真剣に考え、国家の将来を杞憂する人物として描かれている。

 本書は、2014年01月30日に第一刷りが発行されてから、2ケ月で4刷りまで増刷していることを見ても分かるように、日本でも受けは良いようだ。ナチについて詳しい知識が無くてもそれなりに読めるが、第二次大戦時の総統の周辺事情に詳しければ、より面白く感じるだろう。著者は翻訳にあたり、一切の後釈を付けないことを条件としたそうだ。理由は、本書は研究書では無く小説だからというものだ。確かに、小説であればこそ、その読み方、捉え方は読者に一任すべきであろう。

 しかし、ぎりぎりセーフの内容だな。ドイツ本国での原題を「彼が帰ってきた」としたことも、配慮の現れであろうと思う。


「帰ってきたヒトラー(原題:彼が帰ってきた)」表紙
河出書房新社刊。
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