リストマーク 川口の廃屋(2003年09月)

写真1.川口の廃屋全景


 埼玉県川口市といえば鋳物の街として、昔から有名である。しかし、東南アジアへの製造拠点の移転と昨今の景気低迷により、廃業になった中小企業の数もかなり多いようだ。取材当時、川口駅の周囲には使われなくなった工場跡や廃屋がいくつか見受けられたが、今は再開発され、マンションなどに建て変わっている。

 さて、川口市が鋳物の街として発展したのはいつ頃からだったのかをWEB上で調査してみた。川口鋳物工業協同組合による「川口鋳物 その歩みと未来」の記述に寄れば、一番古い平安時代(900年代)説から一番新しい天明年間(1780年代)説まで、5つの起源が記載されていた。これを見てもわかるように、鋳物の街としてはかなりの歴史を積んだところだということが判る。

 ここに掲載した廃屋は、その昔おそらく鋳物工場だったものと思われる。川口駅東口を出て線路沿いに荒川方面へ歩いたところに、ひっそりと佇んでいた。付近の川口一丁目一帯はジョイントベンチャーによる大規模な再開発が行われており、近年中には集合住宅が建設される予定だそうだ。そのような中でこの廃屋は、道路沿いに半ば忘れ去られたように建っていた。なお、現在は既に跡形も無い。


写真2.廃鋳物工場外観 線路沿いの道に忽然と姿を現す廃屋。簡素な木造建築で、屋根の中央部分に通気のための換気塔が設けられているところが特徴的。窓ガラスは全て鉄錆色に変色している。傍に置かれた自動販売機まで、鉄錆で茶色く変色しているようだ。おそらくは、その昔、鋳物工場として使用されていたものと思われる。

写真3.廃工場の正面窓ガラス。所々割れており、暗い内部を覗くことができる。不法投棄が絶えないのか、ゴミ捨て禁止の看板がかかっていた。

写真4.廃工場壁面に残された、電力メーターの跡。

写真5.割れた窓ガラス越しに工場内部を撮影してみた。真っ暗な室内は乱雑さを極めていた。操業当時の設備は、かなり残されているようである。中央上部が換気塔と思われる部分。小さくてわかりにくいが、奥の柱には未だに古い振り子時計が架かっていた。

写真6.同じく廃工場の中。ダイハツ・フェローと思われる1970年代の軽乗用車が、埃を被ったまま保存されていた。

写真7.付近の廃屋に残っていた街路灯の一部。朽ちた木の上に設けられた鉄製の枠の形が面白い。

写真8.東北本線を渡った反対側にあった建物。駐車場には鋳物製造に使うものであろうか、鉄製のトレイ状のものがたくさん積まれていた。

写真9.軒先に残るトレイ状の道具。中央には木製の引き出し状のものも見える。鋳物業界についてはほとんど知識が無いため、これらのものが何に使われるのか不明。




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